あなたにとって魔法とは


第二章 第二部  頼事





しばらくして、やっと一つの扉の前で女の子が足をとめた。そして2回、少し間を空けて3回、扉をノックする。

「ん?来たか。入りなさい」

中から返事が返ってきて、女の子は「失礼します」と言って部屋の中に入っていく。帆叢もその後に続いて部屋に入る。そこには一人の男が立っていた。

「よく来てくださいました」

男は30代半ばといったところだろうか。年齢よりも落ち着いた雰囲気をまとっている。その雰囲気とかけているメガネのせいだろうか。

仕事のできる真面目な男のような印象を受ける。

「本来、用事があるこちらの方から出向かなければならないところをわざわざご足労いただいて申し訳ありませんでした」

男は頭を下げてすまなそうに謝ってくる。一回り以上も年下である相手に対して、丁寧な敬語を使ってくることに帆叢は少し面を食らった。

帆叢もつられて同じような話し方をしそうになったが、思いとどまる。ここに来るまでの事を思い出す。

あんなことまでされているのにここで相手に合わせたら従っているのと同じだ。あえてへりくだった言い方をしたのも相手に好印象を与える為だろう。

会話術としては常套手段だ。そんな手に乗るわけにはいかない。

「脅して無理やりここに連れてきておいて今更取り繕う必要は無いさ」

女の子の方がビクッと動く。しかし、帆叢はそれに気付かずに続ける。

「わざわざそんな事をするほど俺に価値があるとは思えないんだが」

不快感を一切隠すことのない口調で、わざと相手にわかるよう言葉に怒りを込めて言う。何かしらの目的があって連れてきたのだったら相手を怒らせるのはよくない。

もし協力を仰ぎたいのならばなおさらのことだ。さて、どうする?

「ちょっと待ってください!脅してというのはどういうことです!」

男が慌てた様子で帆叢に尋ねる。安易に予想できる白々しい反応だったが演技は上手いようだ。

「へぇ〜。この世界では武器を突き付けて無理やり従わせることを脅しと言わないのか」

帆叢は目を細めて男を睨みつける。

「いや、あの、ちょっと…」

女の子は何かを言いたそうにしているが、言い出すタイミングが無く、中途半端に出された手が宙を泳いでいる。

「まあ、どんなことをしてでも連れて来いって命令を受けたらそういう手も使うだろうな」

「それは何かの間違いです!私はそんな命令はしていません!」

「間違いなわけあるか!俺はちゃんとこの女の口からグハッ!」

帆叢は背中に殴られたような衝撃を受けてよろめいた。後ろを振り返ったら隣にいたはずの女の子がいつの間にかそこに立っている。

「いってえな!なにすんだよ!」

「あら?私は何もしてないわよ?あんたが勝手によろめいただけじゃない」

そんなわけはない。後ろには女の子しか立っていないのに他の誰が帆叢を殴るというのだろうか。十中八九、彼女がやったに決まっている。

「それよりあんた、今さっきから何を言ってるのかしら?」

「はあ?なにって聞いてわかるだろ。お前がやったことをそっくりそのままいだだだだだだだだだだ!」

女の子はスッと男から見えないところに移動して帆叢をつねった。

「私はあんたにちゃあんと説明してここに来てもらったのよねぇ?」

「説明なんかお前一切して…」

「したわよ…ねぇ?」

顔は笑顔のままだが、妙に迫力のある声で帆叢の同意を求める。つねる手の力を強くするというおまけつきで。

「ぎゃぁあああああああああああああああああああ!」

どうしても帆叢にうんと言わせたいようだか、ここまですれば普通は…

「…そこまでにしなさい」

まあ、バレるわな。

ぎゅうううううううう!

「ぎゃあああああああってしつこいんだよお前は!」

帆叢は女の子の手を振り払う。女の子は一瞬睨んだがすぐに表情を戻す。

「だからなにが?私なにもしてないわよ?」

こいつはまだしらを切るつもりか。というかバレてないつもりなのか?ありえないだろ。帆叢は女の子を見てみる。動揺していない。つまり、気づいていない。

「お前なあ…もうとっくにバレてるんだよ」

帆叢はあきれながら女の子に現実を突きつける。女の子は驚いた顔をして帆叢の後ろに立っている男の方を見る。

「彼の言う通りです」

そう言って男は困ったような顔をして女の子の方を見る。

「あなたが行く前に私が言ったこと、覚えていますね?もちろん、任務のことです」

「…はい」

女の子は怒られた子供のようにシュンと小さくなって下を向いている。

「私は、『ちゃんと事情を説明して相手の同意を得たうえでここに連れてくる』ようにと言ったはずです。ただ連れてくるだけだというのならたしかに脅迫すればてっとり早いでしょう。

ですが、わざわざこのような任務にしたのは相手に勘違いされないためというのが大きな目的です。それはわかりますね?」

「…はい」

「任務には何かしらの目的があります。その目的を達成するのがあなたの役目です。それを忘れないように」

男は少し口調をきつくし、厳しい顔をして女の子に語りかける。

「はい、申し訳ありませんでした」

今さっきまでとはうって変わって静かになった女の子。怒られてかなり反省しているようだ。まあ、反省してもらわなければここに来るまでにいろいろされた帆叢は割に合わない。

そこまで言ううと男は薄く微笑んだ。

「わかればいいんです。反省もしているようですし、今回はお咎めは無しにしましょう」

その男の言葉を聞いてそれまで暗い顔をして下を向いていた女の子が顔をあげて表情を輝かせる。

「本当ですか!」

「お咎め無しかよ!」

この展開にツッコンだ帆叢に女の子は表情を一変。

「うるさいわよ!あんたは黙ってなさい!」

女の子の的確な一撃が脇腹に決まる。グハッと短い悲鳴をあげて帆叢はうずくまる。

「お前の罰を望んでいるわけじゃないが、あまりの規制の緩さについ…」

「ははは、同僚からはよく甘すぎるって言われます」

男は頬を掻きながら苦笑いをしている。帆叢は脇腹をさすりながら立ち上がる。

「俺もそう思うよ」

それはそうと、と言って男は女の子の方に向き直る。

「レディーが手をあげるもんじゃありませんよ」

まるで子供を諭すかのような口調で軽く女の子を叱る。そう言われて自分のした行動の恥ずかしさに気づいたのか女の子は顔を赤くして下を向いた。

「プッ、怒られてやんの」

そんな様子を見ていた帆叢が女の子をからかった。それを聞いた女の子はキッと帆叢を睨んで足を思いっきり踏んづける。

「っ〜〜〜〜〜〜!」

帆叢は声にならない悲鳴を上げてピョンピョン跳ねまわる。素足なので受けたダメージは計り知れない。男は小さくため息をついてこう付け加えた。

「もちろん。足もね」

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