あなたにとって魔法とは
第二章 第二部 頼事
「遅い!」
帆叢が遅れたのは女の子が勝手に先に行ったせいなのだが、
「はいはい、どうもすいませんね」
とりあえず形だけでも謝っておくことにした。謝罪もそこそこに出てきた場所を見回してみる。そこはかなりの大きさの部屋だった。
机と椅子のセットが等間隔にいくつか置かれて、右側の壁には大きな本棚が部屋の端から端まであり、本らしきものが隙間なくびっしりと入っている。
しかし、帆叢の目を引いたのはそんなものではない。机と同じところに置かれた複雑な装飾が施された大きな鏡。
それは帆叢の姿を写すには十分すぎるほどの大きさだ。これも机と同じ数だけある。そして、その1つは帆叢のちょうど真後ろにある。
「まさか、ここから出てきたのか?」
鏡に触れてみるが、手には硬く冷たい感触が返ってくる。返事はない。ただの鏡のようだ。
「そんわけないか」
「なにやってんのよ!さっさと来なさいよ!」
声のするほうを振り返ると、女の子は部屋から出ていくところだった。
「また先に行く気かよ」
もうため息も出ない。この二日で一年分のため息を全部出してしまったのではないだろうか。帆叢は女の子の姿を見失わないように後を追う。
廊下は一定の間隔でランプが吊るされていて、それが淡く足もとを照らしている。床は石畳のようなもので敷き詰められている。
見た目に反してごつごつした感じはなく、なめらかな感触が足の裏に伝わってくる。
「ん?」
そこでやっと気づいた。
伝わってくる?なぜ?
A.靴を履いていない
帆叢は女の子の足元に視線を落とす。
コツッ、コツッ、コツッ…
無機質な音が一定のリズムで響いている。ちゃんと靴を履いている。
「…おい」
と、帆叢が声をかけると、
「…なによ」
声を聞いただけで不機嫌だということがわかる返事を返す女の子。
「…いや、いい、なんでもない」
やっぱり聞くのをやめた。というかもはや聞くまでもない。考えればすぐにわかる上に、こいつには謝る気はさらさらないだろう。
「用がないなら呼ぶんじゃないわよ!」
女の子は肩越しに帆叢を一瞥して、不機嫌な様子を全く隠すことなく毒づく。
「なんでお前が不機嫌になるんだよ」
女の子の態度にあきれて言葉を返す帆叢の言い分はもっともだが、
「…」
女の子の返事はない。ただの屍のようだ。
「もうそのネタはいいって」
「…なに1人でブツブツ言ってるのよ。気持ち悪いわね」
言葉の通り気持ち悪いものを見るような目で帆叢を見ている。あいかわらず感情を顔に出したまま喋る。やっぱりこいつには思いやりってものが足りない。全っ然足りない。
誰かこいつに道徳を教えなかったのか?社会に出てから困るぞ?今からでも遅くない。誰か教えてやってくれ。ちなみに俺には無理だ。…ああ、そうやってみんな諦めてきたのか。
そう考えるとなんだかかわいそうにも思えてくるな。
「な、なによ。その気持ち悪い目は」
「いや、お前もいろいろ苦労してるんだなあと思って」
「はあ?なに意味のわからないこと言ってんのよ。さっさといくわよ」
女の子はマントを翻してふたたび歩き始めた。帆叢は彼女の背中をかわいそうなものを見る目で見ていた。
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